昭和43年10月30日    朝の御理解

御理解49節「信心は相縁機縁」



 (初めっからいうかね?)「信心は相縁機縁」。本当に、これは信心だけにある言葉じゃないですけれども、(これは年寄りが?)その感が強いですね。信心は本当に相縁機縁。
 福岡あたりから、例え同じ金光様の信心でも、大きな教会が沢山あります(の?)又立派な教会が沢山ありますのでも、やっぱり福岡あたりからでも、合楽まで日々参ってくるのは、確かに相縁機縁です。
 ね、隣に教会があっても、(何のために?)合楽に参ってくると。とにかく信心はとりわけ自分の気分というかね、ならそこにぴったり合わなければ信心に、信心は出来ません。
 あるところの場合は、(とても大事に?)されるかもしれん。ね、ここに参ってくると、もう(ふっところ?)を言われたり、まぁ言うなら厳しいその事を言われたり、真実、それぞれやはり合楽が良いというて、合楽に参ってくる人もある。まさしく信心は相縁機縁である。
 ですから、(その後?)例えばこう言うちゃならんということである。あんたは私の方に一番に御神縁を頂いた人だから、他所へ参ったらいけない。と例えば言うような先生達もあるですね。それは道を間違える。
 あんた一番始め私の方へご縁を頂いたのだから、私の方へ参ってこい。ところがその、相縁でないわけ。縁が合わない。それも気分がぴったりしない。そこでなら信心を止めてしまうというような状態の人もあるぐらい。
 これをたまたま人に導かれて参って来て、そこでいよいよ良い縁が生まれて、良い信者になったという人は沢山ある。合楽なんかにもそういうのが、沢山ありますですね。やはり相縁機縁である。
 今日私はこの相縁機縁というのをですね、★信心は「愛縁奇縁」と頂きます。愛縁とは、縁を愛すると書いて、奇縁とは不思議な縁と。その奇術の奇ですね。ですからここに、教祖のみ教えの中に相縁機縁と出ておるのは、只今私が申しましたような事柄しか、これから頂けませんですね。
 そえによって信心を、信心の本当の内容に触れていくとか、あーこれから信心を説くといったようなことはない。信心は相縁機縁だから、何処へ参りよるから、ここへ参りよるからって、そりゃ(たやこう?)言うもんじゃないて。
 親父は金光様かと思ゃ、子供は創価学会と。例えばこれは、他の信心をいうてもそう。ならそんな人もまぁ合楽にこそないけども、他所にはあるだろう。けどそれは仕方がないんだ。相縁機縁だから。
 ね、そういう意味の、意味合いにしかここでは感じられませんけれども、信心は愛縁奇縁という風に頂いて、縁を愛し、縁は不思議なものだという、愛縁奇縁になりますとここ、そこからいわゆる信心を感じます。
 ね、縁を愛する。(こりゃもう?)気分じゃないですね。あれは、仏教から生まれた、まぁ言葉だと思いますけれども、「袖振り合うも他生の縁」といったような。ね、他生の縁なんか、これやっぱ仏教的な言葉だと思うですね。他生というのは、他の人に、他、他が生まれると。ね、そういう意味だと思うんですけど。「袖振り合うも他生の縁」だと。
 昨日、お初穂を整理する(さえに?)、ちょっとそこ事務所までまいりましたら、もう(お一生懸命で?)笑いよりますもん。何ば笑いよるじゃろうかと思うたところが、そのお初穂にですね、お初穂の紙に「女」っと書いちゃる。というお届けがあっておられます。次にのとには「男」ち書いちゃるです。二枚のそのお初穂袋があるわけなんです。
 どうしたこりゃ、(   ?   )その、まぁそのあの整理しながら(先生が向こうで?)笑って、笑ってるんですね。それは、先日ある方が合楽にお参りをしてきよったんですね、バスで。ところがあの、十三部の駅前に来た時に、久留米の。その男と女の人が道をこうやって(なごなつえ?)おるわけです。
 ね、その二人、単車に二人乗りしてきよったわけですね。男と女の方が。じゃろうて、単車が横に倒れておる。もう自動車が通りを邪魔になるぐらいにその、こう倒れておるわけでん、誰もそれを、まぁ構わなかったらしいんです。
 それでその、その方が乗っておった、あー、そのバスの運転手がですね、止めて、(助士?)と二人で、それを、そのかえ、もう(かいほう?)ていうか、死んでおられるかもしれん。けども、とにかくあの、病院に運んでやるだけの、その(てかで?)とっておる間にですね、自動車の中に乗っておった、その人が久留米の石井さんなんですけども、石井さん一生懸命御祈念をさせて頂いた。
 ね、そして、あの、ここへ来て名前が分からんもんですから、ね、女、男と二つのお初穂をしたわけなんです。これなんかは、それこそ「袖振り合うも他生の縁」なんです。ね、そこから縁が生まれておる。
 ね、その人のことを祈らなければおられない。で私は(そのば?)でしたから、あ、あら、(暖めて?)その、まぁ信心になったんですけどもね。やはりお初穂に女、男っちこう書いてあるもんじゃけん。どういうことじゃろうかというて皆が笑っているわけなんです。
 皆さんでもそんなことがありますでしょうが。ね、信心させて頂いております、特にまぁなんというかね、神心が動きます。はー、気の毒な人じゃと。可愛そうなことじゃと思うとやはり、思わず祈らなければおられんのがございます。
 ね、おすがりしてあげなければおられない。これはそこからですね、形に(あぐえ?)なくても他生の縁が生まれて来るのです。他の縁、全然分からないけれども、他の縁が生まれて来る。新たな縁が生まれて来るというわけなんですね。
 そこに、「縁は異なもの味なもの」などというようのがありますね。確かにその、ね、本当に縁は異なものである。特にこの結婚なんかの場合なんかは、もう本当に異なものである。
 これは光橋先生が生前話しておりましたんです。今北野によか娘さんがあるちゅうて嫁さんみげいったち。それでその、今の光橋先生のところが知り合いですからあそこで見せてもろうたんですね。
 ところが光橋先生は、その秋山さんところの娘さんの方がよかちいう。(えーぎな?)な光橋先生ですたい。光橋先生はもらうつもりでいって、みげいったらいなかった。他所ん娘さんを見せてもらうために北野に行った。そして、見せてもらいに北野の、いわゆるまぁ、光橋、「みつか?」先生を嫁にそめたわけ。
 だから、あそこん娘ば(もろうてくれ?)ということになったっというような。実に縁は異なもの味なもの」ですね。まぁそういう時に使うんでしょうね。「縁は異なもの味なもの」である。
 だからそれはね、ただあの、それだけのことでしょうが。確かに異なものであり、味なものである。いわゆる私は何時も申しますのですけれども、その信心にね、例えばここに初めてお導きを頂いて、お参りをしてくる。そこに縁が生ずる。縁が生まれる。
 だからこれを異なものにしちゃつまらんですよって私が。ね、はーほんに何時か誰々さんに導かれて合楽の教会に参ったたい。あん時ほんに合楽の先生の話一遍聞いたことがある。というようなことだけでは、異なものに終わってしまうから、ね、この縁を一つ生かしていかにゃいかん。
 そして、あの時誰々さんに導かれたのがご縁で、このようなおかげを頂くようになった。一家にこういう幸せな元を、あれから生みなし、頂きなしてくる事が出来たというような縁に、一つ育てていかにゃいけませんよっていう。私は初めて参って来た人に、よくこれを言うんです。
 ね、皆さんの場合なんかはやっぱりそうです。その味をやはり生かして来た。そして今日、私と皆さんという縁から、いよいよいうなら濃いものになって来た。ね、親の言うことは聞かんでも、親先生の言うことは聞くと。というぐらにほんなら、いうなら密なものが段々私と皆さんの間に生まれて来た。ね、いよいよ味なものになって来た。わけでございます。
 そこでほんなら、今日私が頂いておりますその、愛縁奇縁。縁を愛するということ。これは、ここでいう相縁機縁のようなもんじゃない。又、袖振り合うも多生の縁というものでもない。ね、縁は異なもの味なもの、というのでもない。
 縁が出来たが最後。それは相手は、その敵という縁が出来ても。まぁ敵の、まぁライバルということにしてまいりますね。軽い意味合いにおいて。ね、同じ例えば教会と教会同士。まぁお互いにライバル意識を持ちますね。
 (やはり?)まぁこれを商売人でいうなら、同じ同業者なんかの場合なんかそういう意識を得に強くする。ですから、もうあれがあん奴がっといったような、あの気持ちが生まれてくるのですけれどもね、信心でそこんところを、縁を愛することになりますとです、その敵役のような人のことを祈らなければおられなくなってくるんです。商売敵の、その相手の商売人のところを祈らなければおられんのです。
 田主丸の、むつやさんですね、信司さんのお母さん。石井さんが、もう本当に信心を長年させてもらいよったけれども、この方なんかでも、元は他所の教会にお参り、毎日熱心に参っておった。
 さぁ大売り出しだということになるとですね、もう口がからからになってしまってです、もうのぼせよるわけですね、あんまり一生懸命になるから。のぼせっしまうぐらいにやった。それはどういうことかというとですね、田主丸のあの商店街ですから、同じ同業者がいくらもある。
 はー自分のところの( ? )さんが、あそこの店に入ったというただけでも、心がカッカして来た。(おもて他所の?)包装紙、包み紙を持ったお客さんが噂をしておると、ならそれをみて腹が立った。
 もう売り出し中には先生、もう口の中がからからになって、ここにこう、こうかさかさするように、唇に痛が出来るようになりよった、のぼせちから。そのくらいに商売熱心な方だったですね。石井さんという方は。
 そこで先生ここでおかげ、ここに合楽、いや椛目にご縁を頂くようになって、段々神様が分かるようになり、お話しを頂くようにならせて頂いたら、どうですか、そういう例えば、他所の包み紙を持って入ってくる人もある。(前を?)通っておる人もある。ね、いわば商売敵と思うておったそこのお店のことがですね、祈らなければおられない事になったら、大売出しが楽で楽で、ただ有り難いものだけになったと言うておりました。
 ね、だから今日私が、頂く愛縁奇縁というはそういうことなんです。ね。ね、相手にそこに敵、敵同士であれでも、敵同士という縁がいわば、良くない縁が生まれたのわけですけれども、それを生かしていくのが私はお道の信心だと思うのです。ね。
 そういう風にです、その縁を愛していく。その縁を大事にして行くということです。ね、その縁を大事にして行く、又その縁を何事にも信心になれよと仰る、その事を信心にして行くのです。そこから奇縁が生まれるのです。不思議な不思議な縁がそこから生まれて来るのです。
 まぁこれは誰からの上にでも同じことが言えますけれども、ね、あのここに古賀先生、二年間修行しましたんです。ね、ご承知のようにあぁいう病人ですから。ですから、まぁそういうその、まぁ(ぼう?)にも(はし?)にもかからんような感じの、椛目に参りまして一週間目ぐらいに、お医者さんがこの人はもう長くはもてんから、ここに迷惑がかかっちゃならんからはよ帰しなさいというて、善導寺の「かつき?」さんというお医者さんがいわれたぐらいでした。
 それでも私はそれを大事にしていった。それから生まれた縁というのは随分な縁ですよね。(妹、ちっかどんどん?)参ってくるのも、やっぱその辺です。伊万里あたり、竹内先生なんかもやっぱり古賀先生の縁につながってからです。
 ね、ですからいかにその縁をなら、私がはーそうですかというてブツッときっとったらもうそれっきりですよ。ね、縁を愛する。縁を大事にする。それがいうならば、有り難いものが生まれて来る、いわば繁盛のもとがそこから生まれて来るのですから、縁を大事にしなければいけません。
 お店をさせて頂いて、例えばそれがひやかし客であっても、縁あって店にふらっと入ってくるのですから。その、ひやかし客をいわば大事にするというところから、又有り難い次の縁が生まれてくるのですよ。
 ここんところをこういう風に、愛縁奇縁。縁を愛し、不思議な縁という風に頂いてまいりますと、これは本当に有り難い御理解になってくるようですね。
 昨日私その、親子3人、親教会の色んな御用のためにやらせて頂きました。豊美がけんさのおかげを頂くというので、お茶道具を一式お供えさせて頂こうというので、買いにまいりました。
 おかげで大変良いのが、しかも安うして頂いて、まぁおかげ頂いて帰ってまいりました。親先生も大変喜んで下さった。(それでその?)お茶道具をふいて、きれいにして明日の打ち合わせをさせて頂きよりましたら、親先生があの、善導寺のあの、(酒屋?)の奥さんの方に、お茶はしなさるっていう話が出とるんです。
 それがね、総代さんの「岸?」さんという方が、大変(こうみん?)ですから、この頃なんか(ねんりょう?)もらいなさったらしいです。だから一遍ひろうしたいひろうしたいち、いよんなさるというて聞かれたもんですから、親先生としちゃ、はーほんなこつ、あの側にあの、あれ、な、あぁいう立派な方がおられるということを気が付かれたもんですから、それを私共親子に話されるわけです。
 たら豊美が、はーそげんなら親先生もう、あの、出来るなら、なら久保山のおばしゃまに御願いして、そして私は助手的な、あの御用を頂きますから、しっかり親先生御霊様にお供えしますけん、より良いあの、いわば手前。なら良い、良いお茶をお供えしたいから、ならそげんして下さい。
 というてから、私に豊美もそう申しましたから、はー「岸?」さん、その酒屋に相談に行かれました。こげな風で大坪さんがいよるから、あなたが主になって、けんさをして下さい。そりゃあそこならもう、それこそ名器といわれるような、お道具があることは、私は知っておりますから、もう素晴らしいお茶の道具がございますし、もう側ではありますし、どれだけ持ってきても良いわけですから、えーそうして頂きたいというので、相談に行かれましたんですけれども。
 向こうでやっぱり、豊美が(するっちゅうこと?)なっとることを知っておられるもんですから、やっぱ遠慮されたんでしょう。もう忘れしもうとるけんでと(どんどん?)いうてから、とうとう受けられなかったらしいんです。
 まぁそういうような事から、あー、何人もの(ほとりにつが?)そのお茶の話が出ましてから、親先生が福岡で見てみえられた、いわばあのけんさの、なんともいえんその味わいのことをですね、あの、よかったから、うちでもそうさせて頂こう。そしてうちからお供えさせて頂いておるあの、お祭り段が(ふるけねひ?)になっておりますから、それを、使ってお供えしてもらおうという事であったんです。
 ところがその、次から次とその、話が変わってまいりましてですね、お茶やらするのは、まぁどうでも良いというわけですね。だからお茶のお供えするをするごたるならば、お祭り前にですね、それも手前やらせずに、(かってんまで?)はお茶たてといてから、お供えしてくれという事になったんですよ。
 なら、普通からいうならですね、どうした馬鹿な…。その、あの手前を奉納する、その式たりこそがですね、あのけんさであって、お茶をただ(裏の間?)で点ててきといてから、お供えするだけなら、朝晩でも出来るこったい。
 ほんにそげなことばっかりいうてからと、まぁ思わんでもないですけれども、昨日の朝じゃなかばってん、それがおかげと私も思い、豊美も思いましたようです。はーならそげな風にしましょう。と、まぁ結局今日はそういうことになったんですけれどもね。
 あのそこに一つも引っかかりがない。ということはですね、昨日私あの、朝出かけにちょっと新聞見せて頂きましたら、あの、あのらんにですね、こんなことが書いてあった。鍋の底がね、羽釜の底をそしるような日だ、というわけなんですね。
 ね、鍋の底っちゃ真っ暗かでしょう。羽釜の底だってん真っ黒です。真っ黒かつが真っ黒かつを、いわばそしるような日になるようだ。というわけなんです。
 ね、いうならば、破れた障子から、ね、向かいの障子が破れとるというて笑っておるようなもんとだ。あっちの(皆さんござびったり?)じゃろうか。障子だん張りゃよかとこにっち。なんの自分方の障子の破れから眺めとったって。(笑い)そういう日になりかねないんだと。
 ね、そこで私はですね、これは向こうが真っ暗であっても、こっちが真っ暗であっちゃならないなぁと、私は何時もこう、心にかけておったんです。ね、向こうが、向こうならこっちもこっちちいうたら、もうこっちも向こうは鍋の底なら、こっちも羽釜の底になってしまわなきゃならんでしょう。
 実際こっちはもうキンキラキンにしとこっという腹がちゃんとあるもんですから。もうその受け方がですね、有り難い有り難いことになってくる。ね。
 昨日、まぁそういうようなことから、丁度そうしよっ時にあの、鹿児島が親子3人で見えられました。「りょうとく?」先生。ほんでお茶を一緒へ、あそこで頂いておりましたら、あのどうでもその、家内が合楽の教会に一遍お引き寄せ頂きたいっていよるから、あーもうよかどこじゃありません、何時でもおいでて下さい。
 ということからですね、ならもう別に私そこにおって御用もさせて頂くんじゃないからというて、親先生の妹さんであります「たす子?」さんち言うてもう、大変良いお方でしたが、その方が親子と、それから、鹿児島の奥様と3人でこちらへお見えられまして。
 あ、なぁとっさでしてから、(庭園をやせました?)けれどもです、大変喜んで頂いて帰って参りましたが、もうなんとはなしにですね、今日の私は愛縁奇縁をそこから感じたんです。
 ね、合楽を、おそらくこの方達が、又新たな意味合いに置いて、見直しなさったじゃろうと思いますですね。そこからね、そうしてその、縁を愛していくところからです、もう分からないけども、これから新たな、かなった縁が、又生まれて来るのです。
 今日は、御理解では一番短いですね。49節。「信心は相縁機縁」これを普通でいう、相縁機縁ですね。今日でもこれを、例えば縁を愛し、縁は奇なもの。奇なね、奇。奇は、あー(てらす?)ですかね。不思議という意味ですね。ということになりますと、只今私が聞いて頂いたような有り難いことになってくる。
 縁は異なもの味なもの。袖掏りあうも他生の縁。ね、そういう縁についてのいわばこれは、まぁ色んな答えがございますけれども、ね、只他生の縁に終わるだけではなく、只異なもの、只味なものに終わるだけではなく、いよいよその縁がです、それは嫌な縁であっても、その縁を愛していくところから、不思議な有り難い縁が生まれて来るということを頂きましたですね。どうぞ。

梶原 佳行